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2015年4月14日

呪い受けます ―身代わり沙門―(同人誌)



同人誌(2015.4.19) ※装丁:フナキ ワタル さん

塔子をかばって車にはねられたのは、少し風変りな《解呪師》四ノ宮沙門だった。
呪いを肩代わりする能力を持つ沙門は、塔子にかけられた呪いを我が身に引き受け、呪いの根源を断つため調査に乗り出すが……。
運動神経が鈍くて血が苦手な沙門は、呪いのせいで死にかけたり、なんでもないことで貧血を起こしたりと、見るからに頼りない。依頼人だったはずの塔子が、いつのまにか守り役に?
はたして2人は、無事に呪いを解くことができるのか……!?



▼お試し読み▼


「いやぁ、情けないですよねぇ。怪我もしてないのに死にかけたなんて。急に動いたんで、心臓がびっくりしちゃったんですかねぇ」
 へらへら笑っていた青年は、ふと真顔になると、ベッドサイドテーブルの抽斗から財布を取り出し、一枚の紙片を塔子に手渡した。
「あのぅ、僕、こういう者です。お困りのことがあれば、いつでもご連絡ください」
 財布の形に沿って湾曲した、あまり新しくなさそうな名刺だった。
〔解呪師 四ノ宮沙門(しのみや・さもん)〕
 いかにも怪しげな肩書に、偽名と思われる仰々しい氏名。味も素っ気もないデザインには集客しようという気概が感じられないが、どうせ自称霊能者の類いだろう。
 一瞥して塔子は、この青年とは掛かり合いにならないほうがいいと判断した。
 ――いい人かと思ったら、うさんくさい人だったなんて。
「あ……ど、どうもありがとうございます。えーと、それじゃ、お大事に!」
 そそくさと病室をあとにした塔子の脳裏には、だが、《解呪師》という三文字が鮮明に焼き付いていたのだった。



「それって絶対、呪いだよ!」
 昼休みに大学構内のベンチでいっしょに弁当を食べているとき、なにげなくその話をすると、潔美は青くなって主張した。
「呪いって……私は何もしてないじゃない」
「だって、あの石碑に触ったのは、笠原さんと塔子だけだもん。やっぱり石碑の呪いなんだよ!」
「私はあの石碑を元どおりに直したのよ? それで呪われるなんて、理屈に合わない」
「きっと、触ったから呪われたんだよ! 呪いって、そういうものでしょ?」



「呪いというのは、志向性のあるエネルギーのようなものだと思うんです」
「志向性?」
「えーと、つまり、対象を認識する能力というか、人の意識に似ているけれど、もう少し機械的な――」
 真剣に説明しようとしているようだが、たどたどしい。
「つまり、呪い自体に感情や意志はないんです。呪いは、こう、特定の対象に向かっていくただのエネルギーで――」
「ああ、たとえば、自動追尾型ミサイルみたいなものってことですか?」
「そうです、そうです……うまいたとえですねぇ!」
 沙門はぱっと顔を輝かせて、感心したように塔子を見つめた。
「そう、それです。誘導ミサイルみたいなものなんですよぅ。いったん発動した呪いは、対象の目印に対して作用するだけで、厳密には対象そのものを見分けているわけじゃないんです。だから、目印が移動すれば、もともとの対象からはずれて、目印のついたものの方へ向かってしまう。呪いが感染したり、不特定多数に作用したりするのは、そういう仕組みによるものだと考えてるんですけどぉ」
「つまり、今回の件も、それが原因だと……?」
「呪いのアイテムとか、呪いの場所といったものは、たいていそうなんじゃないですかねぇ。あ、でも今回の件は、調べてみないと何とも言えません。えーと、なんでこんな話をしたかといいますとねぇ……僕があなたの身代わりになれるってことなんです」



 塔子の手を借りて書棚と本の下から這い出した沙門は、まず問題の石碑を見てみたいと言い、二人で《清州の古戦場》へ向かうことになった。
 ところが、たったそれだけのことが、一から十までスムーズに運ばない。
 沙門が立ち上がろうとして両手をついた瞬間、テーブルの脚が折れる。足を踏み出したとたん、滑って転ぶ。靴を履こうとすると中に画鋲が入っている。ドアを開けようとして指を挟む。ようやく部屋から出て、ドアに施錠しようとすれば、突き指をする……。
 そのたびに沙門が、「あ、いまのは呪いです」「これは僕のミスですぅ」「これは呪い」と、いちいち解説してくれるのだが、傍目にはどれがどれやらまったく見分けがつかない。ともかく、本人の最初の申告どおり、沙門がこのうえなく運動神経に恵まれていないことだけはよくわかった。
 ――この分じゃ、マンションを出る前に日が暮れてしまいそう。
 塔子が心の中で嘆息したとき、沙門が小さな悲鳴を上げてよろめいた。
「どっ、どうしたんですかっ!」
 急いで駆け寄ると、沙門はいまにも死にそうな様子で左手を差し出してきた。
「こ、これ……」
 見れば、手の甲に小さな擦り傷があり、うっすらと血が滲んでいる。
「――これが何か?」
「……ち、血が……」
 へなへなとくずおれる沙門の口から、かろうじて言葉らしきものが聞き取れた。
「僕……血を見ると……貧血――」
「ええっ? 血って、たったこれだけでっ?」
 塔子が最後まで言い終わらないうちに、沙門は気を失っていた。



「なっ……なんで追い掛けてくるんだよっ!!」
 非常口のドアにへばりついて、田辺は嗚咽の混じった声で言った。
「あなたを助けてあげようと思ったんですよぅ」
 死にそうな顔で喘ぎながらも、沙門はしゃあしゃあと嘘をつく。
「どっ、どうやって……っ!」
「ですから、お祓いをですねぇ――」
「そんなことやってる場合かよ! うわあっ、また!!」
 田辺は悲鳴を上げて体を伏せた。
 そのすぐ上を、何やら大きなものが唸りを上げてかすめていく。
 工事のため隣のビルに設置された、大型クレーンのフックブロックだった。
 先ほどの突風にでもあおられたのか、巨大な金属の塊は振り子のようにスイングし――。
「沙門くん!!」